2007年10月29日

発表になりました。

地域リーグ決勝大会の組み合わせの連絡が来ました。

必ずJFLに上がります!!

皆さん、上がっても良いですか????




やるぞ。。。必ず勝つ!
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2007年10月26日

あなどれません。町田

来年、町田市は市制50周年という節目を迎える。

なんと、シンボルマークとキャッチフレーズを作っていたのですね

シンボルマーク、、、市長、たしかに町田っぽいですネ!
キャッチフレーズは、「あなどれません。町田」とか。
いやー、良いです。実は、私がよく使う単語なんですよ。
「あなどれねぇ〜」って良く言ってます。

町田はあなどれませんよ。地域決勝出場クラブの皆さん(笑)

丁度、今のゼルビアにもぴったりはまるフレーズだなと思って。
あ、いや。あなどっていてもらった方が良いのか!(笑;;;

来週、29日(月)午後15時。いよいよ地域決勝の組み合わせが発表になる。

会社を休みました。。。どうせ、出社してても仕事にならないから。


現在9地域において既に出場が決定しているクラブは・・・

北海道 ノルブリッツ北海道
東北 グルージャ盛岡、NECトーキン
関東 FC町田ゼルビア
北信越 松本山雅
東海 静岡FC、矢崎バレンテ
関西 バンディオンセ神戸
中国 ファジアーノ岡山、FCセントラル中国
四国 徳島ヴォルティスアマ
九州 未定(今週末に決定)
全社 FC-Mio草津


さて、どこと当たるか・・・
まあ、どこと当たっても勝つしかない。


それにしても、落ち着かないな。
こんな気持ちになるのは、2005年の秋以来だな。
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2007年10月23日

新聞記事について

えー、今日の読売新聞の記事ですが。。。

当の記事は、私自身としては、「地域文化圏とリーグ規約の相違」という視点で受けた(つもりの)ものでした。

インタビューを受けた時に話をした(つもりだった)のは、
1.現時点で、相模原市の市民や、企業から応援して頂いている事実がある。
2.相模原市と町田市は、共通の文化圏、経済圏となっているが、行政単位は別。それに合わせた日本サッカー協会の区分けも別。それは、市民の生活、感覚とは必ずしも一致していない部分もあると思う。
3.Jリーグに加盟した場合は、相模原市をホームタウンにすることは現行の規約ではできないことになっているが、営業活動については、構わないとJリーグ事務局の方から言われている。それがダメということになれば、例えばエスパルスはJALにスポンサードしてもらえなくなる。東京がダメということは、東京以外のクラブが困るでしょうとのことでした。
4.同じようなことは、柏でも鹿島でも鳥取でも起こっていますね。
5.もし相模原市でも活動することができれば、スポンサー獲得やファン拡大などが広がる可能性があるが、現時点では我々は町田のチームなので、町田のホームタウン活動に注力しているし、相模原市に働きかけもしていない。
という話でした。

現行、私たちとしては、相模原市には何もしていません。営業も基本的にほとんど回っていないし、挨拶回りもしていません。
しかしながら、町田の非常に近い存在として、応援してくれる相模原市民や声をかけてくれる企業の方々が増えてきた。
そういう中でどのように対応していったら良いのか、というアドバイスをJリーグのセミナーで求めたのが発端です。
Jリーグには規約があって、保護地域の問題がある。何はやってよくて、何はやってはいけないのか、ということを知る必要があったのです。
将来できなくなることを、今やってもどうかと思う。

相模原をホームタウンに云々ということよりも、地域の実情と行政単位から派生するリーグの規約の相違について、今後、どのように考えるか、というところを「問題提起」するのが今回の記事の論点だった(はず)と理解していました。

記者の方も、我々の為に一所懸命書いてくれたと思うので、正直、複雑な心境です。
返って、申し訳ないことをしたかなと思いますが、記者の方、ちょっと力が入りすぎちゃいましたね^^;;;


各方面でご迷惑をおかけした方がいます。
心からお詫びいたします。
posted by TK at 21:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 最近のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月22日

全社&町田市中期経営計画

随分、間があいてしまいました。
全社ですが、残念ながら2回戦敗退。
Mi-o草津さんですが、優勝でしたね。
全社枠として地域決勝に出場が決定。
ん〜、ライバルが増えて困りますが(笑;;;、まずは関係者の皆さん、おめでとうございます。決勝大会では負けないように、我々もしっかり準備します。

報告では、全体的にレベルが上がっている。
来年はもっと上がりますよ、どうするんですか?
とのこと。

正直、私が事務局長になった時に描いたプランは、100%満足ではないものの、現時点では達成していると思う。
5年前、6年前のイメージでは、今のゼルビアの実力で、JFLに昇格できたはずである。

しかし、こうも世の中、どこもかしこもJリーグ目指しますと言って、Jリーグ経験者をプロ契約するようになるとは予想がつかなかった。
今後、どのようにして強化していくのか。
JFLに上がる為には、やはり最低でも5000万〜6000万くらいの運営費は必要になってきているように思う。


さて、現在、来期に向けてユニホームスポンサーの確保に奔走している。
JFL事務局より、JFLに昇格した場合、プログラムの写真撮影の関係で、1月までに最低、胸スポンサーだけは確保しておくように指示されている。

既存のスポンサーさんがまず最優先。現在、検討を頂いている。
今年は袖が埋まらなかったこともあり、その他の会社さんにも声をかけている。正直、JFLに上がる、上がらないでも変わってくる。
しかし、それが判明するのは12月になってからだ。
そういう状況で非常に難しい運営を余儀なくされている。


一つ、一つ、進んでいくしかない。

さて、町田市のホームページにて、町田市中期計画が掲載されている。

20ページにゼルビアについて意見を出してくださった方がいる。
本当にありがとうございます。

町田市としても、プロスポーツクラブを持つことで進んでいる。
それが、ゼルビアとペスカドーラさんの2つの方向。

皆さん、この計画は非常に重要な位置づけになりますので、気にしておいて下さい。

ではでは。
posted by TK at 12:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 最近のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月13日

全社

いよいよ明日から全社が始まります。

今年いは大分県での開催ということで、非常に費用がかかります。
今年は、選手18名と丸山、大友のみの遠征です。
地元の専門学校の宿舎を格安で借り、畳40畳の部屋に皆で雑魚寝です。

そんな状態でも160万のお金がかかります。

正直、予選の段階で現場には小さい声で「お金ありませんよ・・・」とは言っていましたが、監督の「さすがに行かないわけにはいかないだろう」の一言で参戦。さすがにわざと負けるわけには行きませんよね。。。

そうまでして行っても、うちにとっては既に地域決勝の出場権は得ているわけで、そうでないクラブの方には申し訳ないですが、非常に目的の難しい大会です。

歴史と伝統のある大会なので、なんとか意味を感じる大会にして頂ければ、、、我々も出たい大会なのです。

とにかく、怪我なく戻ってきてくれれば。

そういう状況でして、今年も寄付金のお願いをしなければならない状態です。本当に申し訳ないです。

今年は、2600万円のスポンサー収入を目標に予算化していました。実際は、現時点で1500万円を頂けている状況です。(それはそれで大問題なんですが。。。)

スポンサー企業の皆さんには、全社、地域決勝、天皇杯本大会のいづれかの大会に出場が決まった場合、インセンティブとして10%の追加支援を契約の段階でお願いしています。

よって、260万円の遠征費を見込んでいましたが、これが150万円、、、というのが実情です。

町田市から、全国大会に出場の場合、市の規定で30万円の交通費支給がありますが、これも年に1回です。(昔は何回でも良かったんですけどね。。。)

そういう状況でして、全社分はなんとかなるのですが、地域決勝がどうにもなりません。こっちの方が大事な大会なんですが。。。

大変、申し訳ございませんが、何卒、ご協力のほど、宜しくお願い致します。。。


そういうわけで、私は自分が行くお金があるなら、地域決勝用に寄付をしなければならないこともあり、こちらに残留です。明日は、別件でチームの仕事で反対の東の方に出かけてきます。

朝6時起きなので、今日はこの辺で。。。

posted by TK at 01:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 最近のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月08日

序章 その4

今日は祝日、ということで、木曽事務所に来ています。

トップは練習試合ですが、スクールスタッフは、今、スクールに出かけて行きました。

これから会計の打ち込みです。がんばります。

今日は、先日の続き、「FC町田ゼルビア後援会」について書きたいと思います。

FC町田ゼルビア後援会の発足は、96〜97年くらいだったように推測しておりますが、機会を見つけて、正確な時期を調べておきたいと思っています。

先に書いたように、誘致の可能性を探ってきたわけですが、上手くいかず、地元のクラブを強化することによってJリーグを目指す方向に変換した。当時、東京都2部であったFC町田のトップチームにゼルビアという愛称をつけて、Jリーグを目指すということを高々と宣言し、後援会を発足しました。

私が、後援会の事務局長を拝命したのが、2002年だったのですが、その時、受領した1枚の名簿。「FC町田ゼルビア後援会 名簿」ですが、約50名の記載がありました。その中には、町田の名だたる企業の方、青年会議所のメンバーの方など、当時の熱を感じる名簿であったと思います。

それでも50名。当時は、1人1万円の会費でしたので、50万円が年間収入です。

当時の逸話としては、発足のパーティを開催したら、人が集まらず、集めた50万円をそこで使ってしまい、チーム運営費には1円も回らなかったとか!?結局、後援会を立ち上げたものの、チーム運営費は集まらず、活動家も減っていき、、、という状態だったようです。

東京都1部リーグで運営をする場合、普通に運営するだけでも80万円程度は必要になってきます。Jを目指すということで、選手からは会費を取らず、後援会に頼った運営で、結局、後援会でもお金を集められず、、、ということで、チームの関係者が身銭を切って運営していたのがこの頃です。

それに比例して、チームの順位も下がっていき、、、2001年には11位でギリギリ降格を免れるという状態までいきました。

この年は、まさにミラクルでした。
最終戦、忘れもしない日立ビルシステム戦。大宮のグランドで対戦し、ゼルビアは敗戦。降格が決まったと思った瞬間でした。
ところが、何故か、他の降格争いをしているクラブの成績によって、残留が決定。詳しい内容は忘れてしまいましたが、、、勝ち点11くらいだったんじゃないかな?この勝ち点で残留したのは、異例だそうです。ここのところは時間があったら、調べておきたいと思います。

この年、太鼓持って颯爽と試合会場に駆けつけたのが、私、小森でございます(笑)

この年の暮れだったでしょうか。
私は、当時、町田サッカー協会の理事長であった守屋先生に手紙を出します。どんな内容だったかは忘れてしまいましたが、町田にプロサッカークラブを作りましょう!という内容だったと思います。

なかなか返事が来ないな、と思って、やっぱダメなのかなと思っていたところ、翌年の春だったと思います。2月、3月くらいだったでしょうか。丁度、上の原グランドで練習試合をやっていた時に、守屋先生が来ていました。紹介してもらい、初めて言葉を交わしたところ、「あー、君が小森くんか。封筒の中身、何も入ってなかったよ(笑)」

ガーーン!私としたことが。手紙を中に入れてなかったのか!

ということで、アホな私でした。

「小森くん、後援会の建て直しをしたいので、事務局長をやってくれないか」と守屋先生からオファーを頂き、即座に了解。

それが2002年の春だったと記憶しています。

つづく。

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2007年10月06日

土曜日&日本サッカー協会

DSC00192.JPG

土曜日ですが、基本的に午後から会議をしています。
あと15分で開始時間ですが、ほとんどダレも来ていません(^^;;;

あ、酒井が来た(笑)

なんだかんだで、毎週はできないのですが、事業の進捗や、今後のことなどをみんなで確認しています。

ワイワイガヤガヤ、楽しくやっています。


先週のセミナーですが、場所がJFAハウスだったこともあり、日本サッカーミュージアムによってきました。

中には私のテンションが高まるものが一杯あり、よい気晴らしになりました。

写真は宮本、稲本と円陣を組む私。次に生まれて来る時は、必ず日本代表になります(笑)

キャプテン翼の特別展示も行われており、燃えました(笑)

私がサッカーを始めた小学校5年生の時に、丁度、テレビ放送が始まったのです。当時は野球をやっていた人も、何故かアディダスの帽子をかぶっていましたね(笑)

日本サッカー発展の要因の一つだと思います。
キャプテン翼が無かったら、私もサッカーやってなかったと思います。

将来、ゼルビアがJリーグに加盟したら、是非、三杉くんを獲得したいです(笑)


posted by TK at 13:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 最近のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月03日

序章 その3

いよいよ10月になりました。
月曜日は、なんと、仕事が終わったのが夜中の1時半。
会社は青山にあるのですが、会社がお金を出してくれるというので、プライベートも含めて、生まれて初めて都内から町田までタクシーで帰りました。
お金持ちの社長気分を満喫しました。終電無くなるまでお酒飲むこともないし、都内で遊ぶこともないもんで。
品行方正な私です。(笑)
町田まで高速使って13000円で帰れました。思ったより安かった。2万くらいかかるかと思った。。。

さて今日は、ゼルビアを語る上で避けては通れない「町田にプロサッカークラブを誘致する会」について、書きたいと思います。
公式サイトにも記載がある話ですので、皆さん、ご存知の部分も多いと思いますが。

91年に、Jリーグに参加する10団体が発表されました。
その中で、後の横浜フリューゲルスとなる、全日空も含まれていました。
全日空は、ASフリューゲルスという名前で活動を開始。
ASとは、ANAと佐藤工業のSを合わせたものです。

ホームタウンを横浜市と九州ということで活動をしていましたが、Jリーグの方から、早くホームタウンを決定するように指示されていました。
そこで、全日空が目をつけたのが「町田」でした。。。

町田は、横浜からも近く、移転に無理がない。
少年サッカーが盛んで基盤があり、集客も期待できる。
ということで、非公式に町田市へ打診がありました。92年のことでした。
かなり具体的な話が為されたと聞いています。

一番の問題はスタジアムの問題だったと聞いています。
当時、町田市立陸上競技場は、ぱっと調べられませんが、建てられてそれほど時間が経っておらず、町田市としては改修のコンセンサスを取れなかった。
要は作ったばかりなのに、何でまたお金かけなきゃいけないの?という話。
当時のお金で50億円の費用が必要だった。これは、ゼネコンである佐藤工業が、綿密に計算した数字であったと聞いています。

一番の大きな問題は、トイレの問題だった。
1万5000席の観客を収容するスタジアムにする為には、それ相応のトイレを作らないといけない。
しかし、当時、町田市は、下水道の普及率が非常に低く、現在は、鶴川街道沿いに下水の本管が通っているが、当時はまだ設置されていなかった。
よって、スタジアムの下に大きな貯蔵タンクを掘り、汚水を溜めておく必要があったとのこと。その工事に莫大なお金が必要だったと聞いています。

そのような状況があって、町田市から色よい返事をもらえないフリューゲルスでしたが、Jリーグバブルと言われた開幕当初は、どのクラブも観客が多かった。そのうち、横浜でマリノスを競合してもやっていけると判断した(と聞いています)フリューゲルスは、ホームタウンを横浜市に定め、Jリーグに参入するのでした。。。

当時、発足したのが、「町田にJリーグクラブを誘致する会」です。署名活動など様々なPR活動を行ったそうです。
当時、町田の青年会議所の理事長だったのが、今、AC町田で副理事長をされているH先生です。
サッカー協会の理事長をされていた、東京新聞にも掲載されたS先生や、現AC町田理事長で監督の守屋先生らと活動をされていたのです。
このような、情熱的な方々が、町田サッカー協会、青年会議所、商工会議所、市役所等、かなり全市的に活動されていたと聞いています。
人数で言うと50人くらい?の活動家がいらっしゃったと聞いた記憶があります。すごいですね。今の比じゃあありません。

フリューゲルスの誘致が適わなかった誘致する会ですが、その後も町田にJリーグクラブを作るという情熱はとどまるところを知らない。
「町田にJリーグクラブを実現する会」と名前を変え、当時のフジタ(現:湘南ベルマーレ)や、富士通(現:川崎フロンターレ)、東京ガス(現:FC東京)などにも、町田をホームタウンにJリーグに加盟しないかと声をかけてまわったそうです。いづれも上手くいかなかった。

そこで、誘致の可能性は残しながらも、当時、既に東京都2部リーグに所属していた、FC町田の社会人チームに愛称をつけ、FC町田を育てることによって、Jリーグを目指そうという方向に転換する。そこで発足したのが「FC町田ゼルビア後援会」なのです。

長くなったので、今日は、この辺で。
posted by TK at 12:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 序章 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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